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木桶仕込みってね、「考えるテーマ」だと思う。それぞれの酒蔵が、いろんなことを考えながら日ごろつくっているお酒について、もう一度、根源から考える。桶というテーマを前に、改めて物思いにふけることで、ふと酒に新しい視点を向けたり――それが、いま桶で醸すことの面白さだと思う。みんながそれぞれいろいろに考え、語りだすことがね。
だから、桶とタンクで酒はどっちが旨いか、どんなつくりの桶酒が旨いか・・そういう細かい話、とりあえず「どうでもいい!」と、私などは思うわけ。大切なのは思想、そしてテロワールなんや。テロワール(terroir)、ワインの味わいを構成する、ぶどう畑の環境(土壌や地勢、気候)を表す象徴的な言葉――このテロワールを、日本酒を醸す我々も、もっと大いに語らないかん。酒にまつわる土地柄、背景、思想を、一人一人の語り口でね。
私が幼いころは、思えばうちにも桶がありまして。夏になると桶を横にしてズラーッと並べて、干していました。その上によじ登って、桶の上を飛んで歩いたものでね・・。
白扇酒造のある美濃の国・川辺町は、飛騨川のほとりの小さな町です。それでも古くは城下町で木曽ヒノキの集散地として栄え、界隈に酒屋が何軒もあった。その酒粕で粕取り焼酎を醸し、米麹と蒸したもち米を仕込んで甘い酒をつくる「びりんや」が、うちの祖先です。びりんや=みりん屋というのは、ま、酒屋のコバンザメみたいな存在だったわけね。
いまはみりん=甘い調味料としか思われないけど、そもそもは甘いお酒。焼酎の製法が戦国時代ごろ日本にもたらされて以来、200〜300年の時をかけ、次第に甘くまろみを増して。江戸後期、究極の甘みに達したら、料理に使われ始めた。醤油と出合い、蒲焼のたれなんかに珍重されてね。そんなヘンなお酒です。寝かせると、ふっくら円熟味を増すの。うちのお祖父さん、縁の下に瓶で寝かせた古みりんを、土産に提げて出かけたもので・・。
ところがいつしか、世間が変わっていた。みりんは戦中戦後の米不足の時代をへるうち、醸造アルコールや水飴でつくる工業的な大量生産が定着してしまって。だからどんどん安くなり、うちの古風なみりんは高くて売れない。大変でした。それが1980年代、昔ながらの味を求める方たちから、再び注文いただいて。いまは酒とみりんと焼酎を醸していますが、みりんは全国に出荷し、酒と焼酎は地元向け。ヘンな酒屋です。界隈の酒屋さんは軒並み商売を閉じられ、コバンザメのうちだけが残った。これまたどこか淋しい、ヘンな話ですよ。
わが美濃国を含めて東海地方の人間は、味の濃いのが好みでね。味噌汁だって、色の薄い信州味噌、私は見ただけでダメ(笑)。色も味も濃厚な、豆味噌でなくっちゃ。「岐阜伝統食品の会」には、地元の食材をおいしく加工する仲間が集っています。例えば大桶で2年間熟成させた山川さんの「たまり」は、実に濃厚で芳醇。そんな仲間で桶の話なんかするうちに、長良川の鮎を加工する泉さんは、うちが樽酒に使った空き樽を使い、約1年熟成させた「子持ち鮎の熟れ寿し」を始めたり――そういう広がりが、うれしいですよ。
うちの桶仕込みは2003年から。昔っぽい酒を目指し、精米歩合75%、四段仕込みでもち米も使います。「びりんや」の桶酒は少し甘め、濃厚な仕上がりです。実際に使ってみると桶って、人間のコントロールがそうは効かない。とてもファジーで、そこがオモシロイ!
我々酒屋は、どうも比較の中で生きてきた。いま最高の酒といわれる大吟醸酒の製法も、システマチックな方式ができていて、その土壌で競うと得てしてみんな同じになりがちです。でも桶は、人の思うとおりになどならない。個性を追求するしかない。そして実は、そのほうが楽しい――この辺りに日本酒の新しい地平も、見えてくる気はするんですよ。
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