


福島県・末廣酒造
新城基行さん(代表取締役 社長)
佐藤寿一さん(杜氏・工場長)

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――新城基行さん(社長)
桶仕込みの話を聞いたとき、そんなヘンなこと考えるの、やっぱり外から来た人だな〜(桶仕込みの言いだしっぺである、アメリカ人のセーラ・マリ・カミングスのこと)と思ったよ(笑)。欠点があるから、桶をやめたんだもの。《欠点も長所なり》とは、中にいると、なかなか考えつかないものでね。
でもその話、面白い!と思った。桶というのはある意味、酒づくりの原点でしょう。いま、桶というものを酒づくりに持ち込めば、当然、いろんなことを考えるきっかけになる。物事を違う角度から見るのは、俺は元々好きですからね。
うちの佐藤杜氏に聞くと、「やってみっか」と(笑)。チャレンジ精神が旺盛だからね。俺がもってくるヘンな話、全部受けとめてくれる。酒米に有機栽培米を導入したのも、山廃づくりを復活させたのも、早かった。試行錯誤15年かけて、会津のそばを使った酒を開発したし、突然舞い込んだ依頼に応え、実に旨いマッコリ風清酒をつくったり・・。そんな経験があるから、桶仕込みは初体験でも、問題ナシ。まさに桶OK!だったね。
末廣酒造の酒の大半は、郊外の新蔵で醸しています。一方、会津若松市内の嘉永蔵では、昔ながらの手づくりを続けている。木桶仕込みもね。築100余年の嘉永蔵は、広大な三階建ての母屋とつながっているから、見学を希望されれば、酒づくりから母屋まで全部見せちゃう。古い家屋って、新しい空気を入れなければすぐ傷むでしょ。桶も同じだ。古民家も桶も、そうそう「隅には置けません」て(笑)。優れた面は再発見していかなきゃね。

――佐藤寿一さん(杜氏)
桶仕込みに使ったのは、かつて酒米に水分を吸わせるのに使った浸漬桶(しんせきおけ)です。私が1960(昭和35)年にこの蔵に来たとき、この桶、まだ現役だった。ほかに粕桶、初添え桶がギリギリ使われていたけど、だんだん用済みに。その後、蔵の二階が桶の展示室になり、浸漬桶もそこに展示された。それを再び、引っ張りだしてきたわけです。
蔵に入りたてのころは、粕桶なんか洗わされたもので。半纏着てゴム草履はいて、長くて太いササラみたいなシゴキという道具を、両手で持ってね。桶は管理が難しいものだと、身に沁みたよ。
今回使った桶は浸漬桶だから、わりとキレイだった。当初は板がガタガタだったけど・・何度も湯を張り、茶色くなった水を抜くうち、何とかなった。桶仕込みは、醪(もろみ)の温度管理がどうなるか心配したけど、ほんと順調に行って。ウン、意外なほどだったね。
私がこれから目指したいのは、ほんとうの会津の地酒づくりかな。会津は昔は陸の孤島で、棒ダラや身欠ニシンを使ったしょっぱい郷土食が育った。それに合う、少し甘口で味の濃い、いま風には「くどい」「キレ味が悪い」とか言われちゃう酒が、実は飲み応えがあって、いいと思うんだな・・。そういう昔の味の酒も、機会があればつくりたいね。
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