桶の話
お問い合せ 入会のご案内 法人会員 桶仕込み酒 桶職人 桶の話 桶仕込み復活の現場 桶仕込み保存会トップページ 桶仕込み保存会

桶の話トップ桶コラム四人の話百五十年の循環


桶を知り尽くした四人の話

桶の国/小泉武夫(農学博士)
いいとこ取り/上芝雄史((株)ウッドワーク)
桶と樽/石村真一(工学博士)
ワインと木樽/田崎真也(ソムリエ)
桶の国

 木のお風呂に入ると、体が温もります。お櫃にご飯を入れると、ご飯がおいしくなる――誰もが体験していることですね。木の醸す素晴らしさは、今日の科学でもいまだ解明されていない、とても神秘的な世界です。

 日本はかつて、世界に冠たる「桶の国」でした。
 私は発酵・醸造学の研究で世界各地を旅していますが、日本の桶ぐらい大きな木桶を海外では見たことがありません。世界有数の木の文化国であったからこそ、非常に高度な桶の利用文化が日本で発達したのでしょう。

 とはいえ今の時代、桶・樽は日本でほとんど顧みられなくなりました。それでも桶に徹底的にこだわり、素晴らしい味をつくり出している人々は、今もいるのです。


つづきはパンフレットをご覧下さい。
パンフレットのお申込み方法はこちら。

小泉武夫
Professor Takeo Koizumi

1943年、福島県の酒造家に生まれる。農学博士。現在、東京農業大学教授、国立民族学博物館共同研究員。専門は醸造学、発酵学。専門的なお酒の話を平易な言葉で解説できる数少ない学者の一人として、新聞、テレビなどでも活躍中。特許取得26件。主な著書、『酒肴奇譚』(中央公論社)、『発酵食品礼讃』(文藝春秋)、『食あれば楽あり』(日本経済新聞社)、『食の堕落と日本人』(東洋経済新報社)。


上にもどる▲
 
いいとこ取り

 私は戦後生まれ、桶屋の三代目です。私が生れた昭和20年代〜30年代というのは、全国の酒蔵の木桶がホーロータンクにかわっていった時期でした。当時幼かった私は、各地の酒蔵で用済みになった木の大桶を、うちの親父が次々と買い受けてくるのを眺めていました。いったんバラして傷んだ板を除けたら、板をきれいに削り直し、いいとこ取りして組み直す――そうして親父が再生した桶は、当時まだ桶を使っていた化学や繊維分野などの会社に、次々と買われていきました。

 そういう桶の使い回しは、昔からあったことです。かつてはまず酒屋さんがまず新桶をつくられ、20〜30年後に酒桶としての寿命が尽きてくると今度は味噌屋さんや醤油屋さんが買い取り、150年ぐらいは使います。

 我々桶師は、まず木を見るんです。木から上手に板取りし、強すぎず弱すぎずをピッタリ入れ、歳月に耐える美しい桶をつくる。その腕を競います。桶師というのは、預かった木の命を最大限に活かし、己の命よりも長いスパンのモノづくりをする仕事といえるでしょう。


つづきはパンフレットをご覧下さい。
パンフレットのお申込み方法はこちら。

上芝雄史
(株)ウッドワーク
Takeshi Ueshiba
Wood Work Co., Ltd.


上にもどる▲
桶
桶と樽

 私たちがいま「桶・樽」と呼ぶのは桶というもので、その技術は遥かヨーロッパからアジアをへて鎌倉時代に到来したとされています。ちなみに桶と樽の区別ですが、密封性のある鏡(蓋)のない物が「桶」、あるものが「樽」と考えればよいでしょう。

 古代の日本では、木の器といえば刳物か「曲げ輪っぱ」のような曲物でした。それが結桶の到来で、遥かに耐久性のある大きな器がつくれるようになりました。

 このことは、実は日本人の生活や産業を革命的に変えました。モノの大量生産・大量輸送が可能となったからです。江戸時代に都市文化が成熟すると、大きな桶には酒や味噌、醤油、酢が満々とたたえられ、それらが樽詰めされ遠方にも運ばれて、醸造業は飛躍的発達を遂げました。樽・桶材として吉野スギも有名になりました。

 江戸期の日本の桶・樽の利用文化は、世界でもかなり突出したレベルにありました。明治初期、日本がアジア諸国へ初めて輸出したセメントは、伝統的な和樽に抱かれて海を渡りました。既に高度なレベルの桶・樽利用文化があったからこそ、明治時代の日本は近代的な量産体制にも素早く順応できたのだと、私は思います。

 こうして大正期ごろまで、日本人はまさに「産湯の湯桶から棺桶に至るまで」、桶の世話になりました。


つづきはパンフレットをご覧下さい。
パンフレットのお申込み方法はこちら。

石村真一
Professor Shi'nichi Ishimura

1949年、岡山県岡山市に生まれる。工学博士。九州芸術工科大学教授。専攻はデザイン史・生活デザイン論。日本の伝統的なモノと人間のかかわりを現代のデザインに活かし、環境と共生できる新たなデザイン文化の創造に取り組むことが目標。現在、アジアの桶・樽文化、日本の曲木家具の調査に取り組んでいる。主な著書、『ものと人間の文化史 82‐ソ 桶・樽ソ〜チ』(財団法人法政大学出版局)。


上にもどる▲
田崎真也

ワインと木樽

 ワイン醸造においても、ハ1970年頃まではアルコール発酵の際の容器に上部開放型の木樽が使われていました。

 それが、近代化によってコンクリートから、さらにその内壁をエポキシ樹脂やガラスなどで仕上げた槽となり、さらにステンレスに移り温度コントロールが小数点第二位までの調整や、液体の循環システムをコンピューターで管理するようなものが使われるようになりました。

 とは言っても、現在でもオーク材を使った発酵槽を使っているメーカーもあり、特にタンニン分を多く含んだ赤ワインを造ることを目的とした場合、木の通気性と開放型のメリットによって、醸造中にすでにタンニンの刺激がよりやわらかになるといった理由から、洗浄などあえて手間のかかる作業を惜しまず、その伝統的なスタイルを続けています。

 ワインのアルコール発酵や、乳酸菌によるマロラクティック発酵と呼ばれる行程には、常に微生物との共生が大きなポイントとなることは言うまでもありませんが、木桶を使用することにより、より複雑で、より個性的な酒質が期待できるのは、日本酒も同様でしょう。

 ワインはさらに、熟成を小樽の中で行なったり、また白ワインの場合は果汁を直接小樽に運び、その中でアルコール発酵を行う方法などが行われています。


つづきはパンフレットをご覧下さい。
パンフレットのお申込み方法はこちら。

田崎真也
Sommelier Shin'ya Tasaki

1958年東京都に生まれる。1983年第3回全国ソムリエ最高技術賞コンクール優勝。1990年第3回国際ソムリエコンクール第2位。1995年第8回世界最優秀ソムリエコンクール優勝。1999年度フランス農事功労章シュヴァリエ受章、フランス・ボルドー市よりメダル受章。「ワインは覚えてから楽しむものではなく、楽しんでから覚えるもの」をコンセプトに田崎真也ワインサロンを主宰する。主な著書に「日本酒を味わう〜田崎真也の仕事〜」(朝日新聞社)、「田崎真也のスーパーSAKEレシピ」(廣済堂出版)。

上にもどる▲
桶仕込み保存会事務局 〒381-0201 長野県小布施町500 TEL.026-247-7511  FAX.026-247-6369 E-mail: info@okeok.com