

久保田の町(佐賀郡久保田町)では、堀割の水辺に生える菱(ひし)の実を、半切桶に乗って採る人がいまもおります。菱の実は湯がくと、栗みたいでおいしいですよ。
うちは私の祖父の代から、ここ久保田で酒樽をつくってきました。いまは頼まれれば何の樽でもつくりますが、昔は(需要も多く樽屋も分業していたので)酒屋さんの樽専門でした。祖父は(酒の)蔵元さんで樽づくりの修行をし、この地で樽屋を開いたそうです。
杉材は、吉野材の樽丸をとりよせています。うちの樽は、秋田や伏見の大きな酒屋さんへも納めていますよ。酒樽はよく菰(=こも)を巻きますが、巻かずに裸で使う場合も、うちのがよかです、削りがいいけんね。

地元の窓乃梅さんが木桶仕込みを復活したとき、あの2本の大桶はうちで修理しました。窓乃梅さんの蔵に眠っていたあの2本は、大正時代につくられてから一度も使われていなかった。だから少し底板の位置を変え、新しい竹箍(たが)を入れたら使えたんです。
いま私は51歳ですが、20代前半でうちを継いだ頃、ちょうど近くに新しい味噌工場ができました。あのとき、それこそ窓乃梅さんなど酒屋さんで使わなくなった古い桶を何十本もうちで修理して、その味噌工場に収めました。それで、しっかり桶の仕事もしたからね。あの経験がなかったら、(樽屋の自分には大桶の仕事は)なかなかしきらんでしょうね。
あのころは桶屋さんやうちの年寄りもまだ居ったから、桶の仕事も現場で教えてもらって。(タガの)締め木や叩く道具、大桶用のセンやカンナもそのとき自分でつくって使いました。ああいう経験しとけば、後になっても必要なときは自分で道具をつくれますからね。
昔の職人に聞いた話では、かつては秋口に酒屋の古くなった桶の輪換えをするときに、桶の側板(がわいた)を一枚一枚バラして、(内側面に)軽くカンナを入れたらしい。酒に木の味を出すためだったのかな。ちょっと削ってやると、また次の年輪が出てくるからね。うちの職人は数年前にすっかり世代交代して、いまは20〜40代の若者4人が修業中。土井君(25歳)や藤田君(26歳)など、少しずつ腕をあげていますよ。
それにしても少し前まで、お正月や選挙といえば鏡開きする樽づくりで樽屋は忙しくしたものですが、最近はそんな注文は減りつつあります。さて、これからはどうなっていくでしょうかねぇ。