桶トーク1:桶と日本文化
記念講演「桶と日本文化」小泉武夫(東京農業大学教授)
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花のお江戸を支えた、多様な桶たち
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  先ほどの、学生の話が途中になりました。「どんな桶の名前を知っているか?」と聞きましたでしょ? その時に出てきたのは・・生活をするのに一番重要になってくるのは何ですか?「風呂桶」、それから「手洗い桶」、これは手を洗うからこれが必要になるんですが。「たらい」、それから、炊事用の「洗い桶」「水桶」「半切」――たらいの大きいものですね、そして「漬物桶」と。それから「棺桶」も出てくるわけですね。

それから実は桶というのは、運搬・輸送するには最大の、大きな容器になったわけです。だから、桶ができてから、ものすごくいろんな面で生活が変わってきたわけです。どんなものを入れていたかというと、もちろん酒を入れて運ぶわけですね。桶は。

あと、皆さんに言っておかないと・・・。「桶(おけ)」と「樽(たる)」は何処が違うんだというと、よく聞かれますけど、これは違うんです。もちろん字が違いますが・・・。固定された蓋(ふた)がついているのが「樽」です。一方、適当に固定されていないで、上から蓋をかぶせるのが「桶」というんですね。

それと大きさも、「桶」と「樽」では違います。「樽(たる)」というのは、小型のものです。江戸時代に、「下り酒(くだりざけ)」というものがありました。灘五郷や伊丹(いたみ)などから江戸へきた酒です。江戸時代に一番酒が来たのは「200万樽来た」なんて話があります。これはすごいんですね。

わたしビックリしたのは、「蜘蛛の糸巻(くものいとまき)」という古文書を見たら、江戸の人口は128万人いたんです。130万人と考えていいですね。そう書いてあります。だけど、今の江東区と中央区の一部、台東区・墨田区――あの辺だけですよ、江戸って言ったのは。

新宿なんていうのは「新しい宿」と書きますが、まったく閑散としたところだったんです。六本木なんて、いまはこんなに人がいるけど、木が6本しかなかったんですよ。(笑)
三軒茶屋(現東京都世田谷区)もいまはすごいけど、お茶屋が3軒しかなかったんです。そんなところなんです、江戸っていうのは。だから江戸というのは世界一、人口密度が高かったんです。当時のヨーロッパでいうと、イタリアのローマ、それからロンドン。そんなところと比べても、東京は圧倒的に人口密度が高かったんです。


そんな江戸に、桶屋(おけや)が何軒あったか。これは天明年間ですが、「職人歌尽くし」などに出てきます。江戸800屋町といったその中に、桶屋が1,400軒位あったわけです。これは単純に計算すると、1,000人に1人が「桶屋」なんです。それほど桶屋というのはまず、大繁盛したんです。何でそんなに桶屋をいっぱい使うのかというと、これは家庭で使うものに桶が非常に多い。人口密度が多いですから、使うのが頻繁だったわけですね。

例えば「荷桶」なんて、天秤棒で担いでいってごらんなさい、大体は桶ですから。これは運搬業でしょ? それから各家々では、漬物の桶から何から20種類くらい桶は置いてありましたし。それからちょっと郊外に行きますと、農作用の桶がものすごく売れたんです、例えば馬に餌を与える「飼葉桶(かいばおけ)」とか、「肥溜(こえだめ)の桶」、「肥桶」。これは非常に私の郷愁を誘います。「肥桶」の匂いに、あこがれたこともありました。
 
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