桶トーク1:桶と日本文化
記念講演「桶と日本文化」小泉武夫(東京農業大学教授)
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トロ味噌をはぐくむ、桶のその形
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   それから、桶でものすごいことをやったのは、日本酒だけでなくて、味噌、醤油ですね。これはもう、ものすごいで世界ですね。桝塚味噌の野田さん、今日は社長と奥さんがそこに来ているけど・・。私は以前、作家の島田雅彦さんとNHKの取材で、野田さんのところに初めて行ったんです。驚きましたね。ビックリしたのは、江戸時代に使っていた桶が、何百本とあるんです。あんな壮観なのは、見たことがなかった。あんなに大きいんですからね、味噌桶っていうのは。それを、江戸時代から明治時代のやつをずっと使って・・。

この間の愛知万博でも、桝塚味噌の味噌桶が展示されていました。それを見た外国人が「これは何だ!?」と、みんな感心して見ていましたけど。とにかく、味噌桶というものは大きいんです。ところで私はその桝塚味噌で、おもしろいものを見まして、ビックリしました。これはもう、桶じゃないと出来ないんだ!驚いたねぇ。

この六本木ヒルズの隣りに、テレビ朝日があります。かつて久米宏さんが、『ニュースステーション』をやっていた。私も「最後の晩餐」という企画に協力したり、それから月1回は、「あれが食いたい」という企画をしまして、17回続きました。その中で一回、その桝塚味噌の「トロ味噌」の話をしました。久米さん、ビックリしましたねぇ。

桶って、こんな(ゆるやかに弧を描き、下がややつぼまった)形をしているでしょう? それがトロ味噌を生むんです。タンクのように寸胴(ずんどう)では、できない。桝塚味噌のお味噌は(八丁味噌と同じ)豆味噌ですから、原料は100%が豆です。豆麹に大豆です。油を抜いてない。それが仕込まれていくと、桶の外側の歪曲型に上から力がかかるでしょ? すると、下から溶けながら発酵して、ちょうど桶のまん中に一番負担の少ない、ドロドロとしたものが残るんです、力学的に言えば。それを「トロ味噌」っていうんです。マグロのトロと一緒。私、初めて聞きまして、これを掘り出してもらいました。大きな桶のど真ん中なんですよ。これを久米さんになめさせたら、ビックリしまして・・。

その後、別のところでタンク発酵している八丁味噌を見学して、トロ味噌があるところを見せて欲しいといって見せていただき、分析もしました。ところが全然ないんです。あれは桶でないと出てこないようです。これは不思議だねぇ。桶ってのは。

桶はなぜいいかと申しますと、一つはハッキリ言って心の問題だと思いますね。桶は、優しくって温かくって。神様だって、木の魂が宿っているんだといっているくらいですから、そういうもんだと思うでしょ?木とは。

けれど、実際に味噌とかつくるときには、温度コントロールが非常にしやすいんです。タンクっていうのは、温度コントロールができないから、蔵ごと全部冷やさないといけない。外がすべて冷たかったら、中まで冷たくなっちゃうから、発酵がなかなかできない。ところが木というのはこれだけ厚いし、温度の通り方も鈍いし、それでずっと均一化してくるんですね。
これは鰹節(かつおぶし)と同じだね。鰹節を、削るでしょ?それでも、ボロボロと崩れない。もしも鰹節を火で乾かしていたら、乾燥の方法にムラが出るから、鰹節は(削ると)崩れます。ところが鰹節は3〜5回カビをつけて、そのカビがものすごく水分を吸い出すから、それでギュ―っと硬くなって、世界一硬い食べ物になっている。それと同じような原理が、桶にはあるんですよ。そしてそういうのが、すごくいいんですよ。

それから皆さん、味噌汁にした時に、桶に仕込んだお味噌は、ちょっと木の香りがするなぁと思う。それから、今はあまり使われなくなったお櫃(ひつ)。炊いたご飯を入れた。あれからこう、出てくるあの香り、お櫃からご飯を分けてもらっている間に出てくる香りのいいこと――。そういうことを思ってきた時に、やっぱり桶っていうのは日本人の心だと。日本というのは、木の国なんだから。
 
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