桶トーク2:パネルディスカッション
●モデレーター
 米倉誠一郎
 (一橋大学イノベーション研究センター教授)

●パネリスト
 梅原真(デザイナー・プランナー)
 上芝雄史(株式会社ウッドワーク
 藤井製桶所代表取締役)
 セーラ・マリ・カミングス
 (株式会社桝一市村酒造場取締役)

●友情出演
 小泉武夫(東京農業大学教授)
 野中ともよ(三洋電機代表取締役会長)
 辰巳琢郎(俳優)
 小坂憲次(文部科学大臣)  
 以上、登場順
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日本の大桶とマチュピチュ遺跡の石積みは、世紀を超す
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米倉
上芝さん、いまの話を聞くと、桶っていうのは、ただ単に木を組むだけじゃない。生態系のようにいろんなものがつながっている、っていうことなんですか?
上芝
そうですね。やはり、桶の職人を支える職人というのが、また別にいます。例えば道具をつくる職人たちですね。手打ちの刃物をつくる職人とか、私たちは輪竹(わだけ)職人と呼んでいますが、箍(たが)をつくる職人、そういった職人がもうどんどん消えていっていますから。

ですから必然的に、そういう私たちを支えてくれていた職人の仕事も私たちがすべてやらないと、自分の桶の仕事が成り立っていかない。そういう状態に陥っていますね。
米倉
先ほど、小泉武夫先生のお話に、酒屋で使われた桶が、そのあと味噌・醤油屋で使われたという話があった。そういう循環もあったんですか?
上芝
ありました。ただ北関東、銚子や野田、あるいは三河の辺りまでですと、醤油桶は最初から醤油桶としてつくられていました。50石(こく)、つまり直径2メートル70センチ、高さ2メートル40〜50センチぐらいの大きな桶が、たくさんあったんです。そういうものは最初からほとんど新品で、醤油や味噌用に使われました。

 しかしそれとは別に、30石(こく)の桶というのがありました。これは、日本酒で使われるタイプの桶です。それが25〜30年ぐらい使われると、どうしてもアルコール分が飛んでしまって、目減りしてしまう。

日本酒用語では「欠減(けつげん)」、ワイン樽なら「天使の恵み」とか呼ばれる、要は目減り部分が多くなって、もう日本酒を仕込むのには適さなくなってしまう。そういう桶が、醤油・味噌屋に行くということなんです。

酒屋で大体20〜30年使われた桶が、醤油・味噌屋さんのところに行きますと、まぁ、ふつう味噌屋さんで100年以上使われます。1世紀を超します。

例えば先週、私どもは桶を解体したんですが、それは明治3年とか8年につくられた桶です。もちろん当時は電気も何もないわけですが、そういう桶を見ていると、先人の仕事の技(わざ)っていうのが、わかるわけです。それが勉強になるわけですけどね・・・。
米倉
桶をつくる技自体もすごいんですか? 仕組みがすごいんですか?
上芝
100〜150年たった後の桶が、どういう形をしているのか。既に「使用後」の形状がわかるわけですね。結果が出ているわけです。それをつくった職人たちの技も、解体した時にわかる。
米倉
ある意味では、100年後どうなっているかということを想定して、つくると・・?
上芝
もちろん、そうですね。
米倉
ペルーに、かつてインカの人々がつくったマチュピチュという遺跡があります。あそこに行くと、石がほんとうにきれいに積まれているんですが、1ヶ所だけガタガタの場所があったんです。「それ、どうしたんですか?」って聞いたら、「アメリカの研究隊が来て、石を一度抜いて調べて、戻したんだけど、もとのようにはもう入らなかった」ということで。

500〜600年前に建てられた部分だと、積まれた石と石の間に、カミソリ一枚入らないんですよ。そういう技って、あるんでしょうね・・・。
上芝
すごいですね。
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